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新潟簡易裁判所 昭和26年(ハ)121号 判決

原告 笠間昌忠

被告 藤田源太郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し新潟市関屋大川前千九百四十一番地所在木造瓦葺平家建居宅一棟の内東端一戸分家屋番号関屋三百五十番の九建坪十二坪五合を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として被告は終戦当時住宅難に苦しみ原告に住宅の斡旋を依頼したので原告は原告の妻の養父である白井正吉に紹介し、被告は右家屋を当時の所有者たる前記白井から昭和二十年八月二十一日賃料月額金二十円期間は昭和二十二年十月三十日までと定めて賃借した。

その後右賃貸期限を経過後も賃貸人白井は被告の申出に応じて明渡を猶予していたが、昭和二十三年八月被告は家主である右訴外白井正吉に雇傭されることになつた。そこでその際両者は合意で本件家屋の賃貸借を解除し、爾後賃貸人白井はその雇傭人となつた被告の雇傭期間中恩恵的に本件家屋を使用せしめることゝし、使用貸借として更めて貸与し、被告もこれを諒諾したのであるが、昭和二十四年五月十三日被告は自己の都合によつて退職したので、その際白井正吉は右本件家屋の使用貸借は当然消滅したことを理由として明渡を要求したが、被告の懇請により暫時猶予を与えた次第であるところ、原告は昭和二十四年十二月三十一日右白井正吉から本件家屋の所有権を譲渡された、しかしその際何等本件家屋の使用について被告との間に契約を結ばなかつたので、被告は当然明渡義務があるのに拘らずその履行に関する誠意を示さなかつた。よつて原告は所有権に基いて明渡を求めるべく内容証明郵便を以てその旨通知することを代書人に依頼したところ代書人は原告の意思を誤解して賃貸借解約の申入の如く記載したものを原告はそのまま発送したので、被告はこれを奇貨として俄かに賃料を供託し、その後の請求に応じない。右の如く被告は本件家屋を占有使用する権限がないのに拘らず前所有者訴外白井並びにこれが所有権を譲受けた原告よりの屡次の明渡請求を拒むので本訴請求に及んだ。なお本件家屋の敷地は右前所有者の所有であつて原告は同人より土地整理のため立退を求められていると陳べ、被告の抗弁事実につき原告主張と反する点は全部否認すると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決並びに原告請求の仮執行宣言ある場合につき保証を条件とする解放を求め、答弁として原告主張の本件家屋について訴外白井正吉との間にその主張の日時にその主張の約旨で賃貸借契約が成立し現にその家屋に居住していること、訴外白井は原告主張の日時頃本件家屋を原告に譲渡し、原告はこれが所有権を取得したものであることは認めるが、その余の原告主張を否認する。

原告は訴外白井が被告を雇傭した際本件家屋の賃貸借を合意解除し使用貸借として更めて貸与したと主張するが、被告は訴外白井個人の雇人などになつた事実はない、恐らくこれは被告が訴外白井外数名の組合であつた三友養豚組合に傭われた事実を指すものであろう。訴外白井は該組合の役員であつた関係から被告が組合の傭人である間に限り家賃の免除を申出でて来たのである、そのことは該組合は当初白井が被告に広言したように業績振わなかつたため被告の給料も僅か三千円で一家六人の生活を維持するに困難であつたため、その事情を睨み合せたものである。しかし家賃の免除を受けることは組合のために賃貸人である白井の損失となることであるから気の毒に思い、その後一二カ月は毎月家賃の提供を続けて来たのであるがその都度訴外白井夫妻は可愛想だからといつも受領を拒んだのである。かくして訴外白井等の右組合は原告主張の頃自然消滅に帰したので被告はその頃已むなく退職したのであつた。そこで被告はその翌月始め重ねて家賃を提供したが白井の妻は家賃については賃貸当時から数回統制額が改定されたので現在不明であるから近隣に照会してみて呉れとのことであつたので、調査の結果百八十円が相当額であるを知り、その頃これを持参し提供したところ、訴外白井は被告に明渡を求める意味を含めて家賃の受領を承諾しなかつた。そこで已むなく被告は関屋郵便局に毎月見積家賃を積立て、その旨白井に通知したが受領を肯じないので昭和二十四年八月及び同年十二月の二回に家賃であることを明示して相当額の二級酒(五百余円)及び焼酎(四百七十円)を持参して代物弁済した。その後も被告は、家賃の提供を続けてきたが依然受領しないので昭和二十五年七月二十一日白井に対して弁済供託したのであるがその後は受領を拒むのと、改定賃料不詳のため支払つていない。

よつて本件家屋の前所有者と被告との間の賃貸借契約は現所有者である原告に承継され依然存続しているのであるから前所有者との使用貸借の消滅を理由に賃借人たる被告に明渡を求める本件請求は失当である。

なお原告は昭和二十五年八月七日附の賃貸借解約申入は原告の錯誤であつて被告はこの錯誤を利用して俄かに賃料を供し爾後賃借権を以て争うに至つたと主張するけれど、被告は訴外白井に対し(原告に対しての誤記であること乙号証により明白である)賃料を弁済供託したこと並びに原告からその主張の日時にその主張の如き賃貸借解約申入書を受領したが、これを悪意で利用したことはない。被告が右の弁済供託をしたのは昭和二十五年七月二十一日(乙第一号証の一及び二)であるから原告の解約申入前(乙第二号証の一及び二)に供託している事実によつて原告は虚構の事実を以て被告を誣うに過ぎない。被告が家賃金を供託するに至つたこと及びその後の経緯を補足すれば被告の退職後訴外白井に対し免除されていた賃料を支払わねばならないので、再三提供したのであるが受領を肯ぜず、処置に窮して友人に意見を徴した結果昭和二十五年七月一日供託手続をとつたが尚一応受領を懇願すべく金千円を持参提供したがこれをも拒むため已むなく同月二十一日供託金払込を完了し、即日訴外白井に弁済供託した次第である。その後十数回に亘り積極的に訴外白井並びに原告に対し家賃額の協定交渉を続けたところ、双方で公定価格の調査を行うことになり、昭和二十六年一月十四日被告から百八十四円を公定価格である旨回答すると原告は二、三日間の猶予を乞い、再度調査を行つて必ず家賃の通帳を作成して手交するとの返答があつたこともある、このような次第であつて被告が賃料不払による賃借人の義務を遅滞しているわけではない。

元来原告及び訴外白井は各堂々たる邸宅を所有し、これに居住しているので本件家屋の如き茅屋に居住出来得る筈もなく現に係争家屋は十余万円で売買の目的になつているのであつて、これにひき替え被告は移転先のない日雇の小者で六十三歳の老母を始めとして七人家族を抱え理由のない明渡請求に慄えている惨状である。敢て明渡を求むるは権利の濫用であつて正当事由は毫末もないと述べた。<立証省略>

三、理  由

請求の趣旨に表示の家屋は、元訴外白井正吉の所有であつて被告は原告の仲介で昭和二十年八月二十一日これを賃料月額金二十円、期間は昭和二十二年十月三十日までと定めて賃借したこと、原告はその後昭和二十四年十二月三十一日訴外白井正吉より本件家屋の譲渡を受け、その所有権を取得したものであること、被告はその後も継続して本件家屋に居住している事実については当事者間に争いがない。

原告主張によれば被告が本件家屋を訴外白井正吉から賃借中昭和二十三年八月同訴外人に雇傭されたので、その際従来の賃貸借を解除する合意が成立し、雇傭期間中恩恵的にこれを被告に使用せしめるため使用貸借として更めて貸与したものであるが、昭和二十四年五月十三日被告の退職により本件家屋の使用貸借は終了した、と謂うのに対し、被告は原告の主張の頃訴外白井正吉等数名の経営する三友養豚組合に雇傭され、原告主張の頃右組合を退職した事実はあるが、訴外白井正吉個人との雇傭関係はない。又被傭に際つて訴外白井と本件家屋の賃貸借を解除することに同意したこともなく恩恵的に使用貸借に更められた事実もないと抗争するから、先づ右雇傭関係とその成否について審按するに、成立に争いない甲第一、二号証の各一、二、被告本人訊問によつてその真正に成立したことが是認される乙第四号証、並びに証人白井正吉、同白井テル及び当事者双方の本人訊問の結果を綜合して考えれば原告は被告のために本件家屋の元所有者であつた訴外白井正吉にその賃借を申込み、その妻女テルの承諾を得て(当時白井正吉は応召中であつたが間もなく復員帰還した)昭和二十年八月二十一日家賃月額二十円、期間を昭和二十二年十月三十日までと定めて賃貸借契約が成立し、同日から被告は本件賃借家屋に継続して居住していたところ、昭和二十三年八月訴外白井はその友人二名と共同で三友養豚組合と称する事業体を設け、訴外白井は資本と労力を提供し、他の二名は夫々飼糧の提供と外交を負担する約旨の下に養豚業を開始し、茲に白井の勧誘によつて被告は該組合の使用人として雇傭された。しかしこの組合は他の組合員の非協力と生産物の市価の変動等によつて事業不振に陥り、爾後組合としての機能に欠陥を生じその運営ができないまま昭和二十四年五月頃組合員各自はその事業を放棄する結果となつたものであるが被告も這般の事情を考慮の上自ら同月頃退職するに至つたものであることが窺知される。よつてこれに反する被告の主張は排斥せられ、証人高橋正男、同池田久平の供述は信用しない。傍ら雇傭関係が成立後本件家屋の使用権が右組合に移転したような事実を認める何等の主張も立証もないのであるから養豚業の事業主体が組合に在るか白井個人に在るかは、換言すれば被告が孰れの被傭人であつたかは本件家屋の貸借上における当事者双方の権利義務に消長あるべき筋合でないというべきである。

されば問題は被告が右養豚事業に雇傭されるに際し、原告主張のように賃貸人訴外白井正吉との間に従前の賃貸借を解除し、新たに使用貸借が成立したかどうかに在る。原告は訴外白井正吉が被告を雇傭するに際つて双方合意の上本件家屋の賃貸借契約を解除したと主張する(この主張事実から当時すでに賃貸期間を経過していたことが明かであるが該賃貸借はなお異議なく更新されたものと認める)のに対し、被告はこの点の原告主張を全部否認するから検討するに原告提出の全証拠を以てするも右原告主張事実を認めるに足りなく特に賃貸人である訴外白井正吉の証言によつてもこれを肯認するに由ない。しかし被告が訴外白井の事業に雇傭せられると同時に、訴外白井から本件家屋の約定賃料を免除する旨の意思表示がなされ且つ被告は被傭期間中賃料を支払わなかつた事実については被告において争いないところであるが(原告は無償貸与であると主張する)よし無償貸与であつて表顕的には使用貸借の態様をなしてもこの形体上の事実を捉えて以て賃貸借を使用貸借に更められ、若しくは合意解除があつたとなす論拠とはならない。蓋し一般事業主体が従業員に提供する居宅については、その経営する事業の種別規模の大小等によつて自設の家屋を無償の使用貸借とし或は賃借にかゝる家屋を有料或は無料で従業員に転貸する等事情に従つて撰択せられこれを一般に或は有料の賃貸借となし、或は有料無料の使用貸借となすからである。

本件の場合訴外白井正吉はその事業開始に際つてその被傭人である被告のために特に居宅を提供したものでなく従来既に両者間に本件家屋の賃貸借が存在していたものであることは当事者間に争いないのであつて、これ等の事実と成立に争いない乙第二号証の一及び二、(先行的自白とまで断じられない)並びに乙第一号証の一及び二を対照考察すれば、訴外白井正吉は被告と雇傭関係を結ぶに際し本件賃貸借を合意解除する事由があつたとは認められないし、且つその事実を証する何等の資料もなく特に使用貸借として更めて無償で貸与したとの主張も肯認できない。その主張する無償貸与の点については却つて雇傭以後事業の不振等に鑑み被傭者に対する給与と睨み合わせ単に雇傭期間中賃貸料を免除したのに過ぎないことが窺えるのである。この点に関する証人白井正吉、同テル、同笠間ハルエ並びに原告本人の供述は右認定を左右するものではない。果して然らばこの認定に反する右原告主張は採用の限りでない。

されば原告が本件家屋を訴外白井から譲受けたことの争ない事実に照し、前記賃貸借契約は右譲受けに至るまで存続し、原告はその賃貸人たる地位を承継したものであること明白である。

次に原告は昭和二十四年五月十三日前記雇傭関係が解消したことによつて本件家屋の使用貸借契約の解約を申入れたと主張するけれども、右認定の通り賃貸人に交替があつただけで、在来の賃貸借関係に変更がないのであるから、被告は本件家屋の賃借人として借家法の規定する保護を享受するものであること言を俟たないのであつて、原告は存在しない使用貸借上の権利に基いて本件家屋の返還を求めるに帰するからその主張も採用できない。

なお原告は前記の如く訴外白井正吉から本件家屋の所有権を譲受けたが、その際被告との間には本件家屋の使用に関し被告と何等の契約を結ばなかつたので、被告は権原なく本件家屋に居住するものであるから所有権に基いて明渡を求めるというけれど、既に前叙認定の如く被告は前賃貸人の地位を承継した原告に対抗し得る賃借権を有つのであるから、他に明渡を求める正当事由のない限りその主張の肯認される謂われはない。

而して他に以上認定事実を左右するに足りる主張も立証もないのであるから、爾余の判断を俟つまでもなく本件家屋につき使用貸借の終了を前提とする原告主張は孰れも失当であつてその請求は棄却されなければならない。

仍て訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条に従い主文の通り判決する。

(裁判官 勝田重直)

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